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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)10250号 判決

原告

協同組合新大阪センイシティー

右代表者代表理事

米田喜一

右訴訟代理人弁護士

岸本亮二郎

川本修一

被告

日本貯蓄信用組合

右代表者代表理事

米田鹿男

右訴訟代理人弁護士

松田安正

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物につき大阪法務局北出張所昭和五二年一〇月一七日受付第四八八四一号所有権移転請求権仮登記に基づき、別紙物件目録(二)記載の建物につき同出張所昭和五二年一一月二五日受付第五五〇八三号所有権移転請求権仮登記に基づき、それぞれ昭和五七年五月一八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨。

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

二  原告の請求原因

1  原告は昭和五二年九月一〇日有限会社生興商店(以下「訴外会社」という。)との間で、次の合意を含む基本契約を締結した。

(一)  訴外会社は、原告に対して負担する金銭債務を担保するため、その不履行があるときは、弁済に代えて原告に別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件(一)の建物」という。)の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をし、右代物弁済予約を登記原因とする所有権移転請求権仮登記手続をする。

(二)  右代物弁済における被担保債権の範囲は次のとおりである。

(1) 金銭貸借取引による現在及び将来の一切の債権

(2) 保証委託取引による現在及び将来の一切の債権

(3) 手形上及び小切手上の現在及び将来の一切の債権

(4) 原告が訴外会社に対して有する昭和四五年一二月二八日付の本件(一)の建物についての売買契約及びその敷地の賃貸借契約に基づく債権

(三)  訴外会社に対し和議の申立があつたときは、原告からの通知催告がなくても訴外会社は当然に訴外会社の原告に対する債務の期限の利益を失う。

そして、原告は、右合意に基づき、本件(一)の建物につき大阪法務局北出張所昭和五二年一〇月一七日受付第四八八四一号所有権移転請求権仮登記(以下「本件(一)の仮登記」という。)を経由した。

2  原告は、昭和五二年一一月一八日訴外会社との間で、別紙物件目録(二)の建物(以下「本件(二)の建物」という。)について、前記1の契約と同一内容の基本契約(以下前記1の契約とあわせて「本件仮登記担保契約」という。)を締結し、この合意に基づいて、本件(二)の建物につき大阪法務局北出張所昭和五二年一一月二五日受付第五五〇八三号所有権移転請求権仮登記(以下「本件(二)の仮登記」という。)を経由した。

3  訴外会社は、昭和五七年二月二六日和議申立をした。

4  原告は、訴外会社に対し、昭和五七年三月一七日到達の書面で代物弁済予約完結の意思表示をするとともに、二か月後における本件(一)、(二)の建物(以下これらをあわせて「本件物件」という。)の見積価額(金六四五〇万円)、被担保債権額の合計(貸付金九〇〇〇万円、売買代金三〇二万二二〇〇円、防災施設分譲未収金一一六万一九〇〇円のほか、利息金や遅延損害金)及び清算金がない旨の通知をした。

5  原告は、右予約完結の意思表示の後二か月を経過したことにより、昭和五七年五月一八日代物弁済によつて本件物件の所有権を取得した。

6  被告は、訴外会社との間で、本件物件につき大阪法務局北出張所昭和五六年七月七日受付第三三〇六一号根抵当権設定登記を経由している。

7  原告は本件仮登記担保権を実行する際、被告に対し仮登記担保契約に関する法律(以下「法」という。)五条所定の通知を行つていないが、被告は昭和五七年一〇月八日本件物件につき競売の申立をし、同月一三日競売開始決定がなされた(当庁昭和五七年(ケ)第一二五一号、以下「本件競売開始決定」という。)ところ、右競売手続は無剰余により取消され、同取消決定は昭和六〇年一一月二七日をもつて確定したから、被告は原告に対し、本件仮登記の本登記手続につき承諾義務を負うというべきである。

8  よつて、原告は被告に対し、本件物件について、本件(一)、(二)の仮登記に基づく本登記として、昭和五七年五月一八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をすることの承諾を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実中、原告が本件(一)の仮登記を経由していることは認めるが、その余は知らない。同2の事実中、原告が本件(二)の仮登記を経由していることは認めるが、その余は知らない。同8の事実は認めるが、同4の事実は知らず、同5の事実は争い、同6の事実は認める。同7の事実中、原告が本件仮登記担保権を実行する際、被告に対し法五条所定の通知を行つていないこと、昭和五七年一〇月一七日被告の申立に係る本件競売開始決定がなされたが、右競売手続は無剰余により取消され、同取消決定は昭和六〇年一一月二七日をもつて確定したことは認めるが、その余は争う。

2  原告は本件仮登記担保権を実行する際、被告に対し法五条の通知を行つていないから、被告は原告に対する承諾義務を負わない。

3  本件物件には、別紙登記目録(一)ないし(五)の各登記原因欄記載の根抵当権(以下「本件先順位根抵当権」という。)が設定されているところ、本件競売開始決定が無剰余により取消された理由は、本件物件の最低売却価額が四七九二万円とされたのに対し、右先順位根抵当権及び本件仮登記担保権により被告の債権に優先する債権が一九億五二二一万円(見込額)存在するとされたことによる。しかしながら、本件競売手続における届出債権元本額一八億七六二〇万六七五〇円のうち一七億八〇七〇万六〇〇〇円の債務者は原告であつて、本件物件の所有者である訴外会社自身の債務は原告に対する九五五〇万〇七五〇円にすぎない。これは、原告がその組合員に対する優越的地位を利用して本件物件の所有者である訴外会社に対し、物件価額の十数倍に達する原告の債務を担保するため本件先順位根抵当権を設定させたものというべきで、このような行為は、本件物件につき遅れて根抵当権を取得した被告ら債権者が競売手続により債権の実現を図ることを不可能ならしめ、実質的に差押禁止財産を作出することになるとともに、本件物件の所有者との関係では、自己が本来負担すべき債務以外の債務についての責任を負担させ、その所有権を理由なく侵害することになる。従つて、本件先順位根抵当権は、原告と訴外会社及び訴外会社に対する担保権者である被告との関係では公序良俗に反し無効である。

4  原告の右債務は、原告の訴外会社に対する融資債権の原資であるから、原告が訴外会社に対する本件仮登記担保権をもつて債権を回収し、これを原告の債権者らに弁済すれば足りるもので、原告の債権者らも本来この方法による弁済を期待し、本件競売手続において債権届出をなす必要はない。のみならず、原告の債権者らはいずれも共同担保として他に多くの担保権を取得しているから、原告の申出があれば本件競売手続において債権届出をせず、あるいは無条件で届出を取下げるはずである。従つて、原告はその債権者らに対し、本件競売手続において債権届出をなさしめないか、その届出を取下げさせるよう努力しない限り、原告の債権者らの多額の債権届出による競売開始決定の無剰余取消を援用することは信義則上許されない。

なお、本件物件の最低売却価額は四七九二万円とされているが、被告の調査によればその時価は本件(一)の建物が四八〇〇万円、本件(二)の建物が九六〇〇万円、以上合計一億四四〇〇万円程度であつた。被告は、最低売却価額が実体を反映していないことから、本件競売手続において民事執行法六三条二項一号の方法による売却手続を行うことを予定していたところ、原告が前記のとおり原告の債権者らに本件先順位根抵当権により多額の債権届出をさせたため、結局右売却手続をとり得なかつたもので、このことからも、原告が本件競売開始決定の無剰余取消を援用することは信義則上許されない。

5  本件仮登記担保権の被担保債権は、契約時に特定されていないから、法一四条により、本件競売手続においてはその効力を有しない。

6  仮に被告の主張2ないし5が認められないとしても、本件仮登記担保権は本件競売手続においてのみその権利行使が許されるところ、原告は本件物件につき多額の本件先順位根抵当権を設定させているため、本件競売手続において被告の債権のみならず、原告自身の本件仮登記担保権の被担保債権すら満足を得られないまま本件競売開始決定は無剰余により取消されたものである。このように、仮登記担保権者と債務者及び利害関係人間の清算手続が競売手続において不可能である場合には、本訴においてその清算をなさざるを得ず、前記のとおり本件物件の価額は一億四四〇〇万円を下らないのに対し、本件仮登記担保権の被担保債権は請求原因4項記載のとおり九四一八万四一〇〇円(元本)であるから、原告は訴外会社に対し、四九八一万五九〇〇円の支払と引換えにのみ本件物件につき所有権移転登記を求めうるにすぎない。そして、被告は本件物件につき原告に次ぐ順位の根抵当権者であり、被告の後順位の担保権者及び差押債権者等の利害関係人は全く存在しないから、右清算金は当然に被告に交付されるべきである。よつて、被告は原告から清算金四九八一万五九〇〇円の支払を受けるまで、本件物件につき所有権移転登記の承諾をなすことを拒絶する。

仮に右清算金が被告に交付されるものではなく、債務者兼所有者である訴外会社に交付されるものであるとしても、被告は訴外会社に対する債権(本件競売開始決定の被担保債権元本一億円)を保全するため、訴外会社に代位して清算金支払請求権を行使し、債権者代位権の効果に基づく引換給付の抗弁を提出する。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張2ないし6の事実はいずれも争う。

2  被告が本件物件につき根抵当権を設定した際、既に本件先順位根抵当権が設定され、その極度額の合計は届出債権額一九億五二二一万円(見込額)をはるかに越えていた。従つて、被告は本件先順位根抵当権の存在を十分に熟知し、本件物件の担保価値の有無を把握したうえで根抵当権を設定したもので、右事実を無視し、被告が民事執行法六三条二項の手続をとり得なかつたとか、原告が本件競売開始決定の無剰余による取消決定を援用することは信義則上許されないとか主張することは全く筋違いである。

3  被告は本件競売手続において剰余が生じている旨主張するようであるが、民事執行の手続を取消す旨の決定に対しては執行抗告による不服申立が法定されているところ(民事執行法一二条一項)、本件競売開始決定に対する無剰余による取消決定が確定している以上、剰余の有無を本訴でむしかえすことは主張自体失当である。

4  後順位の根抵当権者である被告が清算金につき物上代位し得るのは、法二条一項に基づく通知に係る清算金の見積額を限度とするところ(法四条一項)、原告は清算金がない旨の通知をしているから、物上代位の対象となる清算金が存しないことは明らかであつて(法八条二項)、被告が清算金請求権を有するとの主張は失当である。

なお、被告は訴外会社に代位して清算金支払請求権を行使する旨主張するが、原告と訴外会社間では、訴外会社が原告に対し、本件物件につき本件(一)、(二)の仮登記に基づく本登記として、昭和五七年五月一八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をなすことを命ずる判決が確定しているから、被代位債権である清算金支払請求権が存在しないことは明らかである。

五  原告の反論に対する被告の認否すべて争う。

六  証拠〈省略〉

理由

一1  原告が本件(一)、(二)の仮登記を経由していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告は、昭和五二年九月一〇日、同年一一月一八日訴外会社との間で本件仮登記担保契約を締結したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  訴外会社が昭和五七年二月二六日和議申立をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告は訴外会社に対し、同年三月一七日到達の書面で代物弁済予約完結の意思表示をするとともに、二か月後における本件物件の見積価額六四五〇万円、被担保債権額の合計(貸付金九〇〇〇万円、分譲代金未収金三〇二万二二〇〇円、防災施設分譲未収金一一六万一九〇〇円、右利息金二七七万四九七一円(昭和五七年二月二六日現在)、前同日から支払ずみまで日歩四銭の割合による遅延損害金)及び清算金がない旨の通知をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

3  被告が訴外会社との間で、本件物件につき大阪法務局北出張所昭和五六年七月七日受付第三三〇六一号根抵当権設定登記を経由していること、原告が本件登記担保権を実行する際、被告に対し法五条所定の通知を行つていないこと、被告が昭和五七年一〇月八日本件物件につき競売の申立をし、同月一三日本件競売開始決定がなされたが、右競売手続は無剰余により取消され、同取消決定は昭和六〇年一一月二七日をもつて確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

4 ところで、法が後順位担保権者に対し法五条所定の通知をすべきであるとしているのは、後順位担保権者が通知に係る清算金の見積額に拘束される一方、法一二条により競売を請求し、これにより簡便に公的機関の判断による適正な評価を求める途を残し、もつて後順位担保権者と仮登記担保権者との利害の調整を図る趣旨であると解せられるから、本件のように現に後順位担保権者において競売を請求し、その結果競売手続が無剰余により取消された場合には、後順位担保権者に対する通知を欠いていたときであつても、仮登記担保権者は当該後順位担保権者に対し仮登記に基づく本登記についての承諾を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年(オ)第一二〇二号同六一年四月一一日第二小法廷判決・民集四〇巻三号五八四頁参照)。

よつて、被告は原告に対し、本件(一)、(二)の仮登記に基づく本登記手続につき承諾義務を負うというべきであり、これに反する被告の主張は採用できない。

二被告は、原告が取引上の優越的地位を利用して訴外会社に対し、物件価額の十数倍の原告の債務を担保するため本件先順位根抵当権を設定させる行為は、被告との関係では競売手続により債権の実現を図ることを不可能ならしめるとともに、訴外会社との関係では自己が本来負担すべき債務以外の債務についての責任を負担させ、その所有権を理由なく侵害することになるから、公序良俗に反し無効である旨主張する。

しかしながら、原告が取引上の優越的地位を利用して、訴外会社に対しその意に反して本件先順位根抵当権を設定させたと認めるに足りる証拠はなく、訴外会社が原告の債務のために本件物件上に本件先順位根抵当権を設定する行為は、たとえその被担保債権の額が物件価額の十数倍であつてももとより有効である。そして、〈証拠〉によると、被告が本件物件につき根抵当権を設定した当時既に本件先順位根抵当権が設定されその旨登記されていたことが認められ、従つて、被告としては、本件先順位根抵当権の債権元本極度額の合計(六七億円)等から本件物件の担保価値が残つていない可能性が高いことを十分に把握したうえで根抵当権を設定したものと推認でき、被告が競売手続により債権回収が図れなかつたからといつて、本件先順位根抵当権が公序良俗に反するとはいえないことは明らかであり、被告の右主張は失当である。

三また、被告は、本件先順位根抵当権の被担保債権が原告の訴外会社に対する融資債権の原資であること、あるいは、本件先順位根抵当権者らが他に多くの担保権を取得していることを理由に、本件先順位根抵当権者らは本件競売手続において債権届出をなす必要がないため原告が右債権届出をなさしめないか、その届出を取下げさせるよう努力しない限り、本件競売開始決定の無剰余取消を援用することは信義則上許されない旨主張するが、たとえ、本件先順位根抵当権の被担保債権が原告の訴外会社に対する融資債権の原資であり、また、本件先順位根抵当権者らが他に多くの担保権を取得しているとしても、被担保債権が存する以上本件先順位根抵当権者らが本件競売手続において債権届出をなす必要がなくなるとはいえず、また、原告において右債権届出をさせないか、取下げさせるよう努力すべき義務があるとは到底いえないから、被告の右主張は失当である。

なお、被告は、本件物件の最低売却価額が実体を反映していないため、民事執行法六三条二項一号所定の方法による手続を予定していたのに、原告が本件先順位根抵当権者らに多額の債権届出をさせた結果右手続をとり得なくなつたから、原告が本件競売開始決定の無剰余による取消決定を援用することは信義則上許されない旨主張し、本件競売手続において剰余の生ずる見込があることを前提とするが、無剰余による取消決定が確定している以上、剰余の見込の有無につき本訴で争うことはできないと解すべきであるし(無剰余による取消決定に対する不服申立は、民事執行の手続内で執行抗告によりこれをなすべきである。)、前記のとおり、本件先順位根抵当権者らが本件競売手続において債権届出をなす行為は何ら問題のないところであるから、被告の主張は失当というべきである。

四さらに、被告は、本件仮登記担保権の被担保債権は、契約時に特定されていないから、法一四条により本件競売手続においてはその効力を有しない旨主張するが、前記のとおり、本件競売手続は無剰余により取消されており、原告の本訴請求は仮登記担保権の実行手続に基づくものであるから、主張自体失当である。

五最後に、被告は本件仮登記担保権の実行に際し、清算金の生ずることを前提として、引換給付の抗弁を主張するが、被告が清算金につき物上代位しうるのは法二条一項に基づく通知に係る清算金の見積額を限度とするところ(法四条一項)、原告は前記のとおり、訴外会社に対し清算金がない旨の通知をしているから、清算金の不存在を争うことはできないし(法八条)、〈証拠〉によれば、原告と訴外会社間では、本件仮登記担保権の実行に際し、清算金が生じていなかつたことは明らかであるから、被告の主張は前提を欠き失当である。

六以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川口冨男 裁判官筏津順子 裁判官松田 亨)

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